華道が生まれるまで

中世の中頃になれば、仏教が伝来したため様々な考え方や価値観が大きく変化するということを余儀なくされるようになります。結果として、仏教と非常に密接な関係を持ち続けていた花や生け花に関する特別な感情が芽生えることとなったという風に言われているわけです。

特に、この時点では花を仏前に供えるということが一般的であり、見せるために花を作り上げるというようなことはなされていなかったという風に聞いたこともありますし、現代とは大きくかけ離れた花の活用方法がなされていたということは間違いないという風に言えなくもないのではないでしょうか。

生け花を本格的に誕生させる直接のきっかけとなったという風に言われるのは、中国大陸からもたらされた陶磁器や絵画などであり、芸術に対する考え方が大きく変わり、人々の花に対する意識も一変した、という風に言われるほど変わったというふうに考えられています。

家の作りもこの影響を受けて大きく変化し書院造と呼ばれるような花を生けるためのスペースを意図的に設けるような作り方がなされるようになり、身分の高い将軍や、公家の人々も、自分自身の家に花瓶に花を生けて飾るということが、ステータスの一つであるという風に言われることがあったという風に考えられているようです。

しかし、この時点ではまだ十分にルールとしていけばなは定められておらず、それぞれが自由に花を生けていた様子が見られる、という風に言われているようです。

そして、何よりも面白いのが、室町時代などでは一般の家庭であっても花をいけるために様々な工夫を凝らして容器などを持ちながらそれぞれが丁寧にお花を飾っていたと言われているようです。