室町頃の華道

華道・生け花に関する様々な理論と呼ばれるものが確立したのは室町時代の終わり頃であるという風に言われております。技だけではなく、自分自身の考えが意志というものを生花に託して表現すると言う思想的かつ哲学的なものも含まれるようになったようです。

この頃には現代で言う概説書やハウツー本のようなものが好んで出されるようになり、人々が手本や規範というものを求めていた様子が伺えるのだとか。

実際のところこのような手本やハウツー本は将軍が読むほど人気となっていたようです。華やかな花だけではなく枯れかけの花を用いるなど芸術や美術などに関するセンスが洗練されていた様子が伺えるのは非常に面白いところであるというふうに考えられるのではないでしょうか。

  

当時は、ただ花をいけるだけではなく、茶室にどのようにして花をいけるのかという茶の湯というものが大変流行していたようです。

むしろ、人を招いた際にどのような見られ方をするのかという、見栄を気にして花を生けていた様子も伺えるというのは現代に通ずるものがあるという風に言えなくもありません。

自分自身を好きな花をただ行けるだけではなく、人にどのように見られのか、という客観的な視点を持つようになることは、一つの芸術が大きく進歩するきっかけとなる、可能性を秘めていたというふうに考えられるのではないでしょうか。

  

最近では、研究が進んだ結果、戦国時代などでは立花会といいものが流行していたというふうに考えられており、時の将軍などが自分自身の権威を示すために生花を用いたというような証拠も見られるようで、実に多様化した使い方がなされていたという考えられるのではないでしょうか 。